黒髪モンローと熱海の秘宝

だいぶ時間が経ってしまったけれど、夏の思い出について綴りたい。

 

東京駅から東海道本線で約一時間半、車窓から都会の風景を右へ右へと流していると、やがて海辺の町が姿を現す。

 

僕は熱海に来ていた。

 

所属しているサークルの合宿として、八月の頭に僕とその部員たちは熱海に来ていた。

 

熱海というと、「有名な観光地」くらいのぼんやりとした認識ではないだろうか。少なくとも僕はそうであった。

確か、海と温泉があって、まあ、あとはほどほどに娯楽施設でもあるのだろう。

そういった認識をもって、僕は熱海の地を踏んだのだった。

 

熱海駅は賑わっていてまさに観光地といった風情だった。

到着した頃には正午を回っていたので、僕たちは昼食を取ろうということで熱海駅周辺をぶらついた。

駅周辺のごはん処はラーメン屋が数軒、蕎麦屋が二軒、海鮮の定食屋が二軒

その他は土産屋だった。あとマック。

なんとなく、なんとなくだけど、ちょっと心配になった。

とはいえ、まあ平日に訪れたので、こんなもんなのかなとはちょっと思った。チョットね。

 

昼は海鮮丼を食べた。酢飯がいい感じに温かくて美味しかった。

キスの隠語に刺し身を当てることがあるように、刺し身は人肌くらいになってるのが美味い。昔の人はこうして人食の欲求を解消してたんだろうなと思う。冗談ですよ。冗談。

 

そんなこんなで宿につくとなんやかんや美味しいビュッフェ(重要)とか露天風呂とかスマブラとかしていい感じに楽しんだ。ジャンクな食事やシャワー、歯車のようなルーチンに絡めとられた現代人にとっては、宿そのものが提供する「居心地」がエンターテイメントの役割を果たしていると思う。むしろ、資本主義の色が強い大型娯楽施設なんかと比べると、ゆっくりと自分のペースで、誰にも邪魔されない時間を与えてくれるような宿は大変ありがたい。

 

(ここからは下ネタが出てくるので苦手な人はブラウザバックしてください)

 

まあ、ここまでイロイロ書いたけれど、なんなら海にも行ったりはしたんだけど、(あとサークルの活動したり花火したりした)それらのイベント全てを差し置いて記事に書き起こそうとしたものがある。

 

それは秘宝館についてである。

 

まてまてググるな。説明する。秘宝館っていうのはカテゴリーとしてはテーマパークまたは博物館に属する施設である。ただ、取り上げている内容が、なんていうかその…エッチなのだ。うーん、いや、エッチというか、下ネタなのだ。そうだなあ、下ネタと言っても、中学生とかが喋ってるようなのじゃなくてね。正確に描述できる言葉が「ドリフのポロリ」とか「初期のバカ殿」とか、そんな感じなんだけど、このワードが共有できる人が読者にどのくらいいるかと問われれば、ため息をつかざるを得ない。しかしなんというか、全体的に昭和の雰囲気を残す下ネタなんですよ。平成生まれなんだけどさ僕。

そうだなあ、「性的な下ネタなんだけど、コロコロコミックっぽいテイストでお送りするイッツアスモールワールド」うん、これが一番分かりやすいかも。

いやまあ分かりやすいと言えども、兎角亀毛が如く、各名詞の意味することは分かるけど何が起きているのかわからないだろうから、ここからはもう実際に何があったか、いや、僕が何を見せられたのかを伝えていこうと思う。

あっ、ちなみに秘宝館のキャッチコピーは「大人のテーマパーク」です。

 

さて、まず入り口には男性器とか女性器をかたどった石像があった。一応、「大人のテーマパーク」とか、「十八歳以上しかチケットを買えない」とか、そういう触れ込みがあったので予想はしていた。だから正直この時点では「フン……この程度か」と僕はムッツリと鼻で笑っていた。

それから少し進むと俗に言う「四十八手」が描かれた絵巻物が模型と共に壁に貼られていた。存在は知っていたが実際に全容を見たことがなかったので、「AKB48」と「四十八手」は関係あるのだろうかと負の鏡像関係に思いを馳せながら色々と見ていた。しかし、二十手くらいから序盤の応用形を使っていることに気づいた。なんていうか、注意深く見ないと違いが分からないものまであった。いやまあ注意深く見るようなものでもないんだけどさ。トリコという漫画で、主人公トリコが使う「ナイフ」という技が、「ナイフ→フライングナイフ→レッグナイフ」と進化していくのに似ていると思った。島袋先生すいません。

でも、性器の石像も四十八手も、僕に言わせてもらえば"オコサマ"レベルだった。ツイッターで定期的にバズる、4p目で赤面するやたら巨乳のギャルや委員長たちの方がまだエチチな雰囲気がある。

しかし、三階建ての秘宝館、こんなもの序の口だった。

事件が起きたのは一フロア目の終盤だった。そこには壁一面が鏡になっている鏡の間だった。その部屋の中心には赤い一人がけのソファーがあって、座るとムービーが流れるらしい。

一体どんなムービーが流れるのだろう。どうせオコサマレベルのムービーだろうという諦めと、ちょっとエッチなのかなという期待が入り混じった複雑な心情を奥歯に噛み締めながら僕は席についた。今思えば、この時点ですでに僕は秘宝館に踊らされていたのだと思う。

着席すると、なぜかメイド服を来たリアルな女性が鏡の上に出現した。それなりにふくよかな体型で、胸も、まあなんというか、それなりにすごかった。しかし僕はいつだって冷静なので、「まあ、この女の人がスカートをヒラヒラさせて『うっふーん』とか言うんだろ?」と嘲笑を浮かべてその女性を眺めていた。だが、僕は甘く見過ぎていた。大人の世界とは何たるかを。

 

そもそも大人とは何か。

 

僕はその意味を履き違えていた。今年で20歳になったばかりの僕は、お酒が飲めるようになるとか、賭博ができるだとか、そういう権利に、いわば自分に加わったかりそめの「大人」に酔っていたのだ。

しかし、それがいかに愚かで稚拙な誤りであったかを、秘宝館の鏡の間は僕に教え諭したのであった。

 

鏡の中の女性は、徐に上着を脱ぎだした。女性の下着をこんなマジマジと見ることなんて到底ないので、僕の前頭葉は若干困惑するも、「へっ、下着程度でエロかよ、まだまだだな」と、僕の脳下垂体は減らず口を叩いていた。

しかしその直後、なんのためらいもなくその女性はブラジャーのホックを外した。

 

「ど、どうせ手で隠すんだろ?」

 

それは、どちらかというと念押しの意味での推理だった。いや、さすがに全部見せるはずないよな、そんなことしたらダメだもん、そこは『食戟のソーマ』でも絶対に見えなかったとこだもん。

その時僕は自分が"それ"を見たいのか見たくないのか、分からなくなっていた。

否、夏目漱石が「書くか迷った文は、迷った時点で書くべきではない文だ」と言ったように、それを見るべきか迷った時点で、確かに僕はきっとそれを見るべきではないものだと認識していたのだ。いわば「It 〜それが見えたら終わり〜」状態だ。0.02秒の間にそんな逡巡をしていると、女性は何事もなかったかのようにそのまま両手を腰に当てた。

 

!?

 

!!!???

 

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あまりにも無駄がない動きだった。

 

お、お、おおお、お、おぱ…お……??

 

その女性は、まるでそれがごく自然であるかのように、我々の服を着る文化を一蹴するがごとく、自らの"それ"をさらけ出したのであった。

 

驚愕のあまり僕は前かがみになった。驚愕のあまりにね。驚いただけだから。

なんというか、もうその女性は上裸で下はショーツだけという、なんで最初にメイド服着てきたんだよと言わざるを得ない様相を成していて、僕は錯乱した。

 

しかし、これだけではなかった。

 

彼女は自身のショーツに指を通したのである。

 

フツーは見せちゃいけないトコじゃん。なんて、通じない。秘宝館はそういう場所だったのだ。もうこれはオコサマレベルの下ネタなんかじゃない。日本よ、これが世界だ。

 

 

──これが大人の世界なんだ

 

 

全てを破壊された後の虚無、絶望の後の諦め。

僕はその時初めて"秘宝館"を受け入れることとなった。

ああ、僕は見てしまうんだ。テレビや漫画じゃ絶対に見れないところが、これが……大人の世界なのか。

 

純白の布切れが彼女の足からこぼれた時にはもう、僕はいままでの僕ではなくなっていた。悪友とともに、ビデオショップのアダルトコーナを一瞬だけ覗いてみたり、ブックオフの「ふたりエッチ」を押し付け合いながら読んでみたりした、あの時のようなドキドキ感は、泡沫の夢のように、ひどく冷めたものになっていた。

 

モザイクなんてものは無く、そこには全裸の女性が突っ立ってた。正直、わけがわからない。なんでこの女は脱いだんだ?  どうして脱ぐ必要があった?  ナンデ脱ぐ?  脱ぐナンデ?

わざわざ裸になってもらった割には申し訳ないが、どうしてこんな仕事を受けたんですか?  そんな感想が湧き上がってきた。

 

大人になった僕は「チェンジで」と言わんばかりにソファを去り、秘宝館の下層へと歩を進めた。秘宝館は三階からはじまり、一階でおわるのである。大人になった僕はこの順路はフロイトの自我についての考察を元にしたメタファーなのだろうかとか、考えはじめた。ふふ、大人だからね。

 

次に待ち受けていたのは「新訳浦島太郎」というショートムービーだった。この森見登美彦的試みは一体なんだろうと期待したが、「浦島太郎…下ネタ…亀…あっ」と合点がいった。いやまさかそんなはずないと思ったが、そのとおりだった。亀を助け、自身の亀をパワーアップさせた浦島太郎(おっさん)が竜宮城でタイやヒラメの絵を頭に被った全裸の女性とハッスルしているアダルティなビデオを見るだけに終わった。隣りで一緒に見ていた僕の尊敬する先輩は「タイの子がいいね。タイなのに貧乳なのが美味しい」とか言っていた。頭おかしいんじゃないかと思った。

 

だが、そのあたりから僕はこの秘宝館という空間を確実に楽しんでいた。

 

性はタブー。性的なものは隠すべき。

 

その主張はある意味正しい。だけど、性的なもの自体は悪なのかと問われると、素直に首を縦に振ることはできない。なぜなら、男や女に縛られずとも、性というものは誰もが自分の中に持っているから。自分の中にあるものは隠すことはできても除こうとすることはできない。

「隠す」という言葉には2つの意味がある。それは、臭いものにフタをするような意味での「隠す」。もうひとつは、大事なものが外の世界に触れないように「隠す」という意味。性を隠すときの「隠す」はどっちだろう。

僕は後者だと思った。安易に他人に見せるようなものじゃないお宝を隠すように、性を隠すんじゃないかと思う。だけど、大事な宝物はたまには見て楽しまないと価値を思い出せない。だから、めいっぱいお宝を見る場所がきっと必要なんだと思う。

そういう意味で、ここは秘宝館だった。

 

胸が空いた。

 

秘宝館の展示が終盤になってくると、マリリンモンローが僕らを出迎えた。

 

残念なことに、僕の得た秘宝館での経験はここで瓦解することになるのだった。

 

それは、レバーだかボタンだか忘れたが(忘れた理由は後述する)、ギミックを作動させるとマリリンモンローの足元から風が吹くという展示だった。

 

これは知ってるぞ、と思ったが、当のマリリンモンローのスカートを抑える手はどこか弱々しかった。

 

僕はマリリンモンローの足元へ風を吹かせた。

 

穏やかな風が彼女のまっさらなワンピースをすくいあげる。人生初のスカートめくりだった。風力はドンドン増していく。布が舞い上がるにつれ、太ももの膨らみは増していく。そしてついに、白く伸びた大腿の根元が顔を出した。

当然のごとく、履いてない。安心してください。履いていませんよ。と言わんばかりに、至極当然、諸行無常祇園精舎の鐘の声、履いてないの当たり前、と言った風情だった。

 

しかし、僕が目に止めたのはそこではなかった。

 

 

黒髪なのである。

 

 

 

金髪のモンローのアンダーグラウンドは黒髪だったのである。

 

 

 

僕に浮かんだ言葉は「和洋折衷」だった。いやそうじゃない。

 

鏡の間で大人の世界へと足を踏み入れた僕だったが、この瞬間に僕は「大人の世界」に失望した。

モンローは黒髪、モンローは黒髪、黒髪、黒髪、黒髪モンロー……

なぜだか次の展示を見てもちっとも面白くない。

黒髪モンロー、こいつのせいで僕はこの秘宝館が「所詮はつくりものの世界」だと知った。隠すべきものを、ここだけではさらけだすことができる。そんな、許された空間だと思っていた。救いのための空間だと信じていた。信じていたのに、それは金髪を黒髪と間違えるような空間だと知った。要は、つくりものだったんだ。

 

(今はわからないが)幼少期、ミッキーマウスに抱きついたときに感じた「生物ではない硬さ」と同じように痛烈な、現実の冷たさに僕は苛まれた。

 

ひどい喪失感とともに、しばらくモンローの黒髪が頭からこびりついて離れなかった。

だからどうやってモンローの黒髪を拝んだのかよく覚えていない。僕の熱海旅行はぜんぶモンローの黒髪に持って行かれてしまったのだから。

いや、これはさすがに盛ったけど。

 

振り返ってみれば、そこまで落ち込むことじゃないと思うんだけど、そこは僕が本当の意味で大人になったってことなんだと思う。

 

お酒や賭け事を知っただけで大人になるわけではないのと一緒で、エッチなことを知ってるだけで大人になるわけではないのである。

きっと、大人になる、ならないみたいな、あいつはガキだとか、そんなことを考えているうちはまだまだ大人になりきれてないんだと思う。

本当の大人っていうのはほら、なんていうか、えっと、まあ、なんだろ、アレだよ、ぜひ秘宝館に行って確かめてみるといいよ。

あとなんかカップルで秘宝館来てイチャコラボディータッチしてる輩が居たが、それはホテルでAVでも見ながらやってほしいと思った。熱海の魚は人肌で美味い。